2016年10月15日

【創作】努力・過程の描写は読者に飽きられている、という話




 元はカドカワの社長が提唱してたっていう「売れる文章」は「主人公は努力しない、勝手にモテる、始めから能力持ってる」っていうツイートに対するアレだったんだけどことのほかRTされたので興が乗った。そもそも140文字では言葉が足りないので、久々にブログらしいエントリを増やしてみよう。(憶測の塊みたいな文章なので)異論は認める。

 「リツイート直後のツイートを表示するやつ」で反応を見るのが好きマンなのでその中のいろいろな返しを読んでいる。
 うん、努力・過程を面白く描いてる作品もあるよ? そんなことはわかっているんだ。ドラゴンボールでいちばん面白い修行といえば亀仙人の特訓編だね。それはさておき、例外を挙げるのはわりと意味がないと思う。
 問題はそこら辺の描写が連綿と続くコンテンツの中でわりかしワンパターン化してるんじゃないかってことですよ。そしてもう一つ、「こと小説では」という言葉が先のツイートでは抜けている。うん、アニメ漫画では見せ方を工夫してこの辺の描写を飽きさせないようにできるけど、文章だけでやろうとするとやたら冗長で退屈になるような気がするぞ? 例えば先のドラゴンボールでいえば牛乳配達の回とか、面白く文章化できるっていう剛の者はおるか?
 じゃあなろう小説によくある異世界チートハーレムが絶対正義なのか? って話になるけどそれもちょっと違くて。努力や過程といった「冗長な部分」を削ってとっととストーリーの核心に踏み込めや、ってのがくだんのツイートでいちばん言いたかったところで。




 小説は出だしのツカミに対する評価がとりわけシビアだ。アニメ漫画は「どんなにつまんなそうに見えても3話までは見てみろ」って言われるのに対して小説は最初の1ページで最後まで読んでもらえるかどうか決まると言っても過言ではない。読者を引っ張るためだったら1ページ目からラスボスとの決戦が始まっててもいいくらいで。それは極端だとしても努力を前提とする描写から読者を引っ張ってくのはやっぱり難しいと思われる。
 あーでも、そういった描写が全く不要と言ってるわけではございませんよ。ニンジャスレイヤー http://ninjaheads.hatenablog.jp をご覧なさい。小説を始めほとんどのメディアが「ゼロ・トレラント・サンスイ」や「マシン・オブ・ベンジェンス」みたいにニンジャスレイヤーの強さ無慈悲さを前面に押し出したエピソードから始まってるけど「ボーン・イン・レッド・ブラック」みたいな始原のエピソードも後付けで追加されてる。要は「上手くやれ」ってことです。

 以上、よりによって秋季例大祭の前日に筆が滑った結果でした。
posted by FALSE at 14:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 覚書
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