2005年07月22日

師走(3)

 その、背後で。
「ひーまーでーすーわー」
 トウカ・イーオス・ラインバーグが机に突っ伏して、さめざめと涙を流している。
「ジョシュアさんは行方不明だし。狼さんもどっか行っちゃうし。メイヤは隠れ里の門を閉じちゃうし。ワタシはいったいどなた『で』遊んでいればよろしいのかしら。ああー暇ー」
「あんた煩いわよ。しかもさりげに言ってることがえげつないし」
 トウカの向かいでは、御神鋼音がトウカと同じように突っ伏して、むくれっ面のままトウカを睨んでいる。
「こんなとこで腐ってる暇があったら、あの地蜘蛛どもでも探しに行ってらっしゃいよぅ。あんたのターミネータばりの馬鹿力なら、奴らくらい余裕でのせるでしょうに」
「煩いっつったって、先輩ほどじゃーありませんわー。大体、何もしていないのは先輩だって一緒じゃありませんのー?」
「余計なお世話だ!」
 鋼音は机に両手をついて身を起こす。
「あたしは考えてるのよ、今後の計画を! 妖怪が汝鳥からいなくなってくれたお陰で、奴らをぶっ飛ばして一気に知名度を上げるとゆー、あたしの完璧な汝鳥征服計画は見事におジャン! しかも妖怪バスターとしての活動まで禁止ときた! かくなる上は! 全ての元凶であるあの地蜘蛛衆を何としても探しだし! ヒィヒィいわして鬱憤を晴らすしかないでしょーがっ!」
「でも蜘蛛さんを探す方法がないからここで愚痴ってるだけですわよねぇ」
「それを言うな、それを」
 鋼音は萎縮して、再び机に突っ伏する。その時、ふとトウカの隣でノートを広げている少女が鋼音の目に入る。
「で、あんたは一体何してるの。今更期末試験の勉強かー?」
 対する鴉取真琴に、反応はない。シャープペンシルで時折ノートをつつきながら、無表情でノートを眺めている。ただよく見ると、教科書や参考書の類いはまったく広げられていないので、試験勉強とは若干毛色が違うものであるとわかる。
 鋼音がそのノートを覗き込む。真っ白いノートの上に書かれていた文字は、たった四つ。「真琴」「智巳」と少し間隔を置いて書かれている。シャープペンシルは緩慢な動作で、その二つの名前の間を行ったり来たりしている。
 鋼音はそれを眺めて、一言こう言った。
「ブラコン?」
 真琴が顔を上げる。
「何想像してるんですか」
「だってこの文字その動作。片思いの人を想うせつない女心を表現しているとしか思えません。ああっ、病弱な妹とそれを見守る優しき兄。何時しか二人の間に特別な感情が芽生え、禁断の愛に発展か」
 鋼音が顔を赤らめ、身をよじりつつ妄想を展開する。真琴は何の抑揚もなくその様子を見つめると、口を開く。
「でも、沙本昆売も軽皇子も最後はすべてを失いましたよね」
 鋼音が動きを止める。
「さ、さもびめ? かるのみこ?」
 ちなみに両方とも「古事記」における、兄や妹を愛した悲劇を綴った物語の登場人物である。
「とにかく、そういうことじゃありませんから。この前烏丸さんがうちに来た時、父から聞いた話なんですけど」
 真琴は烏丸香奈が上京していた時に父親から聞いた話を鋼音に語った。自分と鷲塚智巳とが産まれた時に、烏丸家の当時の大老が、突如鴉取家にやって来たこと。大老が二人の命名をしたこと。そして大老の言い残した「二人の名に『鍵』を託した」という、謎の言葉。
「後で烏丸さんに確認をとって見たんですけど、確かに烏丸さんのひいお祖父さんにあたる方が、何週間か行方をくらまして大騒ぎになったことあるそうなんです。ひょっとすると、烏丸さんのひいお祖父さんは、今の事態を予見して鴉取の家に来たんじゃないかって」
「ふーん。なるほど、鍵か、鍵ねぇ」
 鋼音は腕組みをして、口の中で何事か呟く。そして一世一代のひらめきを手に入れたかのように目を見開いて、顔を上げる。
「オーケー、我が天才的頭脳が結論を導き出したわ。それこそ『御大』とかいう奴が探してる『大厄』の封印を解くための鍵になってんのよ。奴らに先んじてその鍵を上手く使えば、先手が取れるかもしれない!」
「皆さん分かってますわ、それくらい」
 鋼音はトウカの突っ込みを完璧に無視した。
「よし、解こうぜ、早速。うーん『真琴』と『智巳』かぁ。暗号にしちゃああまりに文字数少なすぎるし。まこと、ともみ、まことともみ」
 鋼音は再び考え込むと、いきなりその表情を険しくする。
「そーいや、やなこと思い出した。あんたら二人、剣研に誘おうとした時に、名前であんたが兄上の方だと思ってラブレター作戦やったんだっけ。よくもまあそのお爺ちゃん、そんな紛らわしい名前をつけたものよねぇ。どういうネーミングセンスしてんのよ、まったく」
 真琴がはっとする。
「まあ、言われて見れば」
 間髪入れずに、鋼音が手を打った。
「そうか、わかったわ。これは、つまり!」
 真琴もトウカも、鋼音に注目する。
「しりとりよ」
 二人が凍りつく。
「ほら、『まこと』『ともみ』。『と』で繋がってるじゃん。つまりこれはしり取りで更に重要な言葉に繋がって行くと! つまり次は『み』で始まる言葉が重要な鍵を握っているのよ! 『み』で始まる言葉は、例えばえーと、『蜜柑』、『神輿』、『ミスタージャイアンツ長島茂雄』それから」
 トウカが言葉探しを始める鋼音に言う。
「さっきの話とどういう繋がりがあるんですの?」
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