2005年07月22日

師走(4)

 鋼音たちが図書室で喧々囂々やっていたのと同じ頃。
 汝鳥学園校庭南東の汝鳥樹海。鬱蒼と茂る木々の中で、男二人が木刀を構えて睨み合っている。一人は肩で息をし、もう一人は顔を除く全身に打ち身をこさえている。
 肩で息をしている方、冬真吹雪はなおも不敵に笑い、木刀を片手にだらりとぶら下げる。
「頑丈さはかってやるけどな。切った張ったの世界じゃそんなもん、毛ほどの役にも立たねぇぞ。この稽古の間に、お前何回死んでると思ってんだ?」
 打ち身だらけの方、鷲塚智巳は、木刀を正眼に構えたまま、視線を泳がせる。
「ええっと」
 不意に、吹雪が間合いを詰める。智巳は半ば無意識的に、足を斬るように突き出された木刀を薙ぐ。彼は吹雪の動きが一瞬止まったと見るや、打ち下ろした木刀をはじき返すように、二の太刀を下から上へと払う。
「一五回くらいかな!」
 吹雪は体を捻ってそれを躱す。頭髪に剣の風圧が掠め、微かな音を立てる。
「違う! 正確には一八回! でもって、こいつが」
 吹雪が智巳に一九回目の死を与えるべく、がら空きになった胴に打ち込もうとした瞬間。智巳がもつ木刀の剣先が、陽炎のように揺らいだ。瞬間的に危険を察知し、攻防のスイッチを切り替える。
 より勢いを増した剣圧が、吹雪の眼前を真一文字に切り裂いた。刹那、吹雪の中で何かが切れる。智巳の打ち出す四の太刀に、猛然と割り込む。
 智巳の体が、電光石火の突きを受けて、文字どおり後ろに吹き飛んだ。手近に立っていた朽ち木に激突する。
(糞っ垂れ。思わず本気出しちまったじゃねぇか)
 吹雪はその台詞を喉の奥に飲み込んだ。
「一九回目だ」
 智巳は朽ち木に寄りかかって、木刀を杖に身を起こそうとしている。吹雪はそれを睨み、呼吸を整えながら太刀を下げる。
「正直さを武器にするのは結構だがなぁ、お坊ちゃま。てめぇ自分の得物が備前長船だってこと、わかってっか? んな力任せの剣の振り方が許されんのは、厚重ねの太刀を使う龍波先輩くらいだ。虎の子の長船を叩き折られたらたまんねーんだよ、こっちは」
 智巳は無言で立ち上がると、太刀を構える。
「もう一本」
 吹雪は智巳にペットボトルを投げた。
「勘弁しろ。少しは」
 鈍い打撃音。吹雪の動きが止まる。
 智巳の腕の中に収まることを拒絶された哀れなペットボトルは、剣を振り上げた彼の背後に落ちて、軽く草むらの上で弾む。
 そこで智巳が、我に返ったように後ろを向く。
「あ」
「『あ』じゃねーよ、馬鹿!」
 吹雪が肩を落とし、深い、本当に深いため息を吐く。
「俺は朝霞先輩ほどじゃねーが、てめーのスタミナに長々と合わせられるほど頑丈じゃねぇんだ。それにお前の『出稽古』に何時迄も付き合ってたら、俺の習練の暇がなくなっちまうだろうに」
 智巳は吹雪の言葉を聞いて、ようやく木刀を下ろす。彼は草むらの方へ体を引きずって行って、ペットボトルを拾い上げる。
「では、また明日。ありがとうございました」
「明日ってなぁ。おいおい」
 吹雪はその場にどっかと胡座をかくと、木刀を製図ケースに収める智巳を見る。
「お前な、ちったぁ休め。今はアドレナリンがまわってるから大丈夫でも、ダメージは確実に蓄積してる。適切に休むのも鍛練のうちだと思え」
 智巳が、荷物を抱えて吹雪の脇を通り過ぎる。その折、彼は無表情のまま、座り込んだ吹雪を見る。
「ねぎらいの言葉をかけてもらえるとは思わなかった」
「勘違いするんじゃねぇよ。稲荷がくる前に壊れてもらいたくないだけだ」
 智巳は微かに会釈をして、その場を歩き去った。吹雪は無言でそれを見送る。
(抜き身の刀みたいに尖りやがって。一皮剥けたかと思ってたんだが、違うのか?)
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