2005年07月22日

師走(9)

 夜の図書準備室。
 ウォレスは久しぶりに妖怪バスターの案件トレイに乗った調査票を、死んだ魚のような目で眺めていた。
 高原那須子。つい先日まで一線で活躍していたアイドル歌手にして、ウォレスの大事な生徒の一人。しかしその実態は得体の知れない洗脳音波を操り、学園祭の場で生徒たちに、汝鳥市民に、そしてウォレスに、妖怪バスターのおぞましきマイナスイメージを植え付けて行った張本人。
 その高原那須子らしき人物が、汝鳥学園の周囲などに現れるという。
 目撃例は昼夜を問わない。不意に目の前に、視界の隅に、那須子の姿が、つんと立ったトレードマークの一本お下げが見えるのだという。目撃者がそれに気が付いて、探そうとしてももう既に姿は見当たらない。あるいは現れた時と同様、霞のように消えてしまう。そしてそれは真夜中の、照明が届かない場所であろうとお構いなしに、はっきりと見えるのだという。
 あのコンサートで那須子が地蜘蛛衆に連れ去られて以来、その消息はようとして知れない。その時の様子は、まるで血色のない死人のようだったというから、死んでいてもあながちおかしくはない。
 しかしウォレスの表情は、久しぶりの案件を目の前にしても冴えないままだった。
「こんなアーバンレジェンドに毛が生えたみたいな案件に一喜一憂するなんてねェ。これじゃそんじょそこらのプライマリィのオカルトクラブとかわりゃしマセンな。まいりマシタねェ、あーあ」
 ウォレスは調査票を再びトレイに放り込んで、机にだらしなく顎をつく。
「アタシゃ何のために、こんな極東の島国くんだりまで出張ってきたんデショウね? アナタにあんなもん見せられた性で、本気で訳わかんなくなりマシタよ。こんなただの町になっちまった汝鳥に教職で縛り付けられて、何やってろってんデスか。ねェ、高原さン」
 脳裏にふと、声が響く。
 ――さっさと割り切っちゃえばいいんじゃない? 例え貴方の目的を達成できたとしても、それは単なる貴方の自己満足でしかないんだし。
「ああ、そうかもしれマセン、ね!?」
 ウォレスは慌てて身を起こした。幻聴ではない。それで片付けるにはあまりにはっきり聞こえ過ぎたし、聞き捨てならな過ぎる。
 ウォレスは薄暗い部屋を見回した。光源はデスクに添え付けられた電気スタンドただ一つ。しかしそんな視界の中に、あまりにも違和感のある物が一つ、現れていた。
 それは一言で表現するなら、映像であった。宵闇の中に薄ぼんやりと、一人の人物が浮いている。時折横に数本のノイズが入るが、それはSF映画の立体映像のように、鮮明な姿を象っていた。唯一尋常でないのは、それを映し出しているはずの映写機の類いが、部屋のどこを探しても見つからないことである。
 高原那須子の姿をしたそれは、呆然とするウォレスの前でにこやかに、笑った。
(はぁい。お久しぶり)
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