2005年07月22日

師走(10)

 葵寮の裏手に、数人の人影が人目を忍んで現れる。それは方々から次々に顔を出すと、集まって十数人ほどの集団を成した。
 マリア・ロックウェルが威勢よく叫ぶ。
「いよっし、潜入成功!」
 周囲の人間が慌ててマリアを取り囲み、一斉に指を口に当てる。
『しーっ!』
 マリアが声のボリュームを下げる。
「おおっと、いけねぇ。久しぶりの活動なもんで思わず興奮しちまった。いい加減トレーニングばっかじゃ実戦カンがなまっちまう。で、ネイたん先生。本当にここに高原の亡霊が出るのか?」
 ネイは振り向いたマリアの顔をがっしと片手で掴む。
「貴様、妾の情報に間違いがあるとでも言うのか!?」
「いでで、痛いよ! 間違いはなくても疑わしいから聞いてんだ!」
 ネイはマリアを文字通りに投げ捨てる。
「何人もの寮生が、この周囲で高原の亡霊を見たと言うのだ! 良いか、見つけ次第証拠写真をカメラに収めて野良妖怪の存在をアピールするのだ。煮るなり焼くなりするのはその後でもかまわん」
「あの、先生」
 瑠璃が手を上げる。
「高原さんの幽霊が本物だったとして、それを消してしまうんですか?」
「なんだぁ、瑠璃介。昔の仲間だと言って情けをかけるか? 神道での不死者は穢れも穢れ、問答無用で追っ払うもんだろうが」
「それは、そうなんですが」
 瑠璃は淡々と言葉を紡ぐ。
「別に害のない存在なら、何も消すまでのことはする必要ないかなと、思ったんです」
「なぁーに甘っちょろいこと言ってんのよ!」
 鋼音が鼻息も荒く、まくしたてる。
「あの映像をみたでしょ!? あれのお陰であたし達、ろくに集合することすら出来なくなっちゃったんだから。化けて出るならこちらから逆にぎったんぎったんに」
 ――あれを見せたことが「悪」だと言うの? だとしたら、とんだ思い上がりね。
「!?」
 その場に集まった剣術研究会と、オカルト・ミステリー倶楽部の妖怪バスターたちが一斉に顔を上げる。
 不意に、彼らの中央に、光が灯る。集中する視線の先に、光の粒子のような物が集まり、形を成す。
 身の丈程もある、巨大な茄子。
「は?」
 しかしそれは一瞬の後にノイズのような物に包まれ、次第に人の形へと変化していく。再び鮮明になったそれは、一瞬戸惑うような視線を自らの姿に落としたが、すぐに妖怪バスターたちを見回して、笑いかける。頭の中に、直接声が響き渡る。
(は、ははは。どうも)
 何人かの学生は、それを見て色めき立った。
「先手必勝ぉー!」
 鋼音が刀を手に、那須子に挑みかかる。彼女は避けもせずに、それを受け止める。刀は空気を切ったように那須子の体を擦り抜けて行く。
(無駄よ)
「ちっ、手ごたえもありゃしない。しょーがない、実体のないのの相手は術者に任せるわ」
 数人の妖怪バスターたちが、鋼音の言葉に答えるように前に出る。そしてしばし那須子の姿を眺め、動きを止める。
 マリアが沈黙したバスターたちに尋ねる。
「なんだい、ぼーっと突っ立っちまって。どうした?」
 麗が首を傾げながら、答える。
「それがですね。高原さんは幽霊じゃないみたいなんですよ」
「は?」
 瑠璃が麗の言葉に呼応する。
「霊魂には不浄の者として、私たちには感じ取ることのできる一定の波長のようなものがあるんです。今の高原さんには、それがない」
 塔子が手に構えたチェスの駒、自らの呪具を下げながら、前に出る。
「そも科学的には、霊魂とはエクトプラズム、エーテル、あるいは電磁波の集合体だ。霊能者とはそれらを感じ取る感覚が研ぎ澄まされている者たちだ。目の前にある者が霊魂かそうでないかくらいは、私にも分かる。
 だが、彼女とは意志の疎通も可能なようだ。だとしたらお前は何者だ、高原那須子? 幻覚か? 手の込んだ立体映像か?」
 那須子のようなものは、塔子を見て口の橋を吊り上げ笑う。
(那須子は、那須子よ。映像と音声を地球人の脳の視覚野聴覚野に直接アクセス信号を送り込んでいる。これが本来の、那須子たちのコミュニケーション)
 鋼音が剣の切っ先を那須子に向ける。
「訳のわかんないこと言ってんじゃないわよ。あんた本当にあの高原なの? 何時ものナスナス弁はどうした」
(あれは地球人の発声器官に擬態するために、那須子たちのアクセス信号を音声情報にエンコードした際生じた冗長符号に過ぎない。今はアクセス信号をあなたたち地球人の脳へダイレクトに送信しているから、こうなるというわけ)
「????」
 鋼音が台詞にのみならず全身にクエスチョンマークを纏わせる。那須子はそれを見て、くすり、と笑った。
(まあ細かいことは抜きで、幽霊ってことにしておけばいいんじゃない。その方が貴方たちにとっては都合がいいでしょ)
 塔子は再び口を閉ざしたまま、那須子の様子を観察した。目の前に浮かぶ少女の映像は、小悪魔のように人を食ってかかったた笑みを浮かべている。しかしその様子に悪意は不思議と感じなかった。那須子の能力を考えれば、それもまた彼女の術の一つなのかもしれない。しかし自らの術中にはめることが彼女の目的であるならば、もっと賢しくやる筈だ。彼女は未だ地蜘蛛衆の保護下にあることは、間違いないのだから。
 塔子が口を開きかけたところで、再び那須子の声が脳裏に響いた。
(ああっと、皆まで言わなくても分かりますよ、頭のいい柚木先輩。なぜ貴方たちの前に那須子が現れたのか、聞きたいのでしょう?)
 目の前の那須子の映像から、笑みが消える。
(那須子は忠告しにきたの。いいかげん自分たちの愚かさに気付きなさい)
「忠告?」
 不意に、那須子が動く。何の予備動作もなく空中を滑るように動き、塔子のすぐ脇を擦り抜ける。彼女はしばらく進んだところで舞うように振り向いて、妖怪バスターの全員をその視界の中に収める。
(那須子がコンサートの時人間たちに見せたのは、捏造でも誇張でもない。圧倒的大多数の事実をイメージとして放出しただけ。全て魑魅魍魎たちの記憶から那須子が知った、地球人の愚かしき歴史よ)
「それを彼らに見せつけて、何とする?」
(彼ら、じゃないでしょう。その事実を認識するべきは、何よりも貴方たち。まさか自分たちは違うとでも言うんじゃないでしょうね?)
 塔子は、妖怪バスターたちは、無言で那須子の話を聞いている。
(そもそも妖怪たちは、人間の悪意と奢りに満ちた心が生み出した存在。それを倒すという所業は己の子を殺すにも等しい行為。それに巻き込まれた魑魅魍魎たちの憎悪はいかほどかも知れないわ。
 人間はそんな彼らのあるべき場所を奪い汚していった、欺瞞に満ちた存在。封印だの祠だのは、彼らがもともと求めていたものじゃないでしょう。そんな彼らを倒すことが、貴方たちは正しいことだと言うの?)
 妖怪バスターたちが、呆気に取られる。そんな中、真っ先に動いたのは、春菜である。彼女は憤るでも嘲るでもなく、否、最早眉一つすら動かさず、その映像から顔を背ける。
「馬鹿馬鹿しい」
(何? 那須子の話をまだ疑ってるのかしら?)
「そういう意味じゃない。そんな当然のこと、今更指摘されるまでもない、ということよ」
 今度は那須子が動きを止める番であった。春菜はそんな那須子に振り返って、さらに言葉を投げた。
「あるべき場所、と言ったわね。妖怪たちが人の心より生み出された物であるならば、それの還るべき場所もたった一つしかないでしょう。私はそれを実行するだけのこと」
(それが人間の思い上がりであったとしても?)
「何をもって思い上がりだと決めつけられるの? それはあなた達妖怪から見た主観。何が正義かなんて、私たちが決めることではないけれど、あなた達が決めることでもないわ」
 春菜はそう言い残すと、一人歩き始める。ネイがそれを呼び止める。
「おいこら高槻。こいつは放っておくのか?」
「それはただの幻覚と幻聴のようなものです。本体を消さない限り、消えることはないでしょう。早く地蜘蛛衆を見つけだして駆逐する以外に、方法はありませんね」
 春菜は葵寮の外へと続く茂みに姿を消した。那須子は無言でそれを見送ると、他の妖怪バスターたちに向き直った。
(で、他の人は、どうなの?)
 吹雪が酷薄な笑みを浮かべる。
「おまえの言う通り、俺を含めて醜く欺瞞に満ちてるのが人間って生き物でね。偽善だろうが何だろうが、その尻拭いをしてるのが俺たちじゃねぇの? そう考える俺にとって、おまえのご高説はひどく退屈でつまらない」
 吹雪も外に向けて歩き始める。続いて、瑠璃が那須子の前に出る。
「あのね高原さん。私はちょっと春菜ちゃんとは考えてることが違う。確かに過去の妖怪バスターたちが罪のない妖怪たちまで狩ってきたことは事実だろうし、言い逃れもできないことだと思う。でも、何時かは人と妖怪は共に在れると、私は信じてるから。例え過去に過ちがあったとしても、人は成長して行くものなのだから」
(定命の人間の成長など、たかが知れているでしょう。そんな人間の価値観を、人間よりもはるかに長い時を生きる妖怪たちにまで当てはめようというの?)
 続いて、真琴が言う。
「確かにその通りだけれどね。
 西洋の魔女狩り。日本の伴天連弾圧。人間同士だけでも『自らと異なるもの』を排斥した事例は枚挙に暇がないわ。でも、人は過去の過ちに学ぶ、そういう生き物だから。妖怪が、長年の経験から学ぶように。
 いますぐその進化の方法を理解してとは言わないけれど。それが理解できないから人に害を与えるのでは、人も妖怪もあまり変わりがないと思うけどなぁ。溝は深いけれども、そのつまらない悪循環は何時かは断ち切らなければならないんじゃない? 妖怪バスターの活動も、その一環じゃないかと私は思う」
 瑠璃と真琴が歩きだす。それにつられて、残っていた妖怪バスターたちも、葵寮の外に向けて歩き始める。鋼音やマリアも親指で首をかっ切る仕草を那須子に見せて、その後を追う。
 那須子はバスターたちの後ろ姿を見送ると、ふと、一人だけその場に立ち尽くしていた者に気が付いた。彼女は組しやすしと思ったのか、智巳に近づいていった。
(で、貴方はどうなの? ラインバーグ先生みたいに、妖怪バスターのあり方に疑問を感じないの?)
「正直、何の役にも立ってないんだよね」
(は?)
 智巳もまた、踵を返す。
「だからあんなこと聞かされても、とても今は妖怪バスターをやめる気になれない。
 何が正しいのかは、僕にはよくわからないよ。ただ、潔く自分のやってきたことを否定できるほど、僕は賢くはなれない」
 智巳は妖怪バスターたちの後にした方向に向けて、歩き去る。しかしなお、那須子の声は智巳の脳裏に響いた。
(ちょっと。何よ、それ)
 智巳は無視して歩みを進める。
(ろくに妖怪バスターとしての経験もないくせに、何だってどいつもこいつも悟り切ったみたいな意見を吐けるの? あんたたち、自分たちがどれほど普通の人間から浮きまくってるか、わかってんの? ちょっとは現実を見なさいよ、現実を)
「みんなきちんと見えてるよ、多分。そうじゃなかったらもう少し、周りの人たちに自分たちの考え方を強要するだろうしね」
 智巳が茂みに足を潜らせたところで、もう一度那須子の声が響く。
(忠告は無駄なようね。いいでしょう、そこまで言うなら那須子にも考えがあるわ)
「考え?」
 智巳は背後を見る。那須子の映像は、既にその場には見えなかった。
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