2005年07月22日

師走(11)

 次の日の放課後、天乃原。
 瑠璃は一人、七月恋花が封じられていたお堂を目指して、薮に足を引っ掻け、潅木に足を引っ掻けしながら歩いていた。彼女はここ数日、オカルト・ミステリー倶楽部の活動が控えめなのもあって、天乃原に通い詰めている。
 瑠璃がスカートに枯れ草が纏わり付くのを少々嫌いながら茂みをかき分けて行くと、彼女が目指していたお堂が視界に飛び込んでくる。古いを通り越していつ崩れ落ちてもおかしくないという有り様だ。彼女はそれに近づいて行くと、その脇に生えている一本の野桜に足を延ばす。そこは生え放題になっていた下草が取り払われ、ちょっとした広場になっていた。それは数日にわたり、彼女なりにその場所を手入れした成果である。
 瑠璃はその猫の額ほどの庭に足を踏み入れると、いまだスカートに纏わり付いている枯れ草を手で軽く払いのける。そして木の根元に視線を運び、そこで凍りついた。
「嘘!?」
 木の根元にあったのは、一つのつぶれた段ボール箱である。鈍器のようなもので叩かれたらしく、無残にひしゃげている。それもまた、不器用な彼女なりの方法でその場に作った「祠」である。祀る相手は、もう決まっている。
 だが、そんな彼女でも潰れた段ボール箱に七月恋花を祀ろうと考えるほど酷い創作感覚の持ち主ではなかった。
「誰かに壊されたんだ。一体、どうして」
「俺たちがやったんだよ」
 瑠璃が聞こえてきた声に振り向くと、数人の男たちが姿を現した。その格好はまちまちだが、一人は汝鳥学園のブレザーを着ている。
 瑠璃は桜を背にしながら、まずいことになった、と思う。男たちの数は三人。いずれもバットや棒切れなどで武装している。力づくでこられたら瑠璃では太刀打ちできない。ましてやこんな荒れ野では助けを呼ぶこともできない。
 男の一人が剣呑な表情で瑠璃に近づいた。
「てめぇ、妖怪バスターの活動は禁止じゃねぇのかよ。何こんな所に祭壇なんか作ってんだ」
「これは妖怪バスターとは関係ないです。あなた方こそこんなことをして、お稲荷様の罰が当たりますよ?」
「うるせぇよ」
 男は手にした竹刀を振り下ろした。瑠璃の顔のすぐ脇に、その竹刀が突き立った。
「神を祀るのに祠を立てるなんざ、お前らが勝手に決めたことだろうが、ああ!?」
 後ろに従っていた男たちも、それに同意する。
「やっぱ夢の通りだった。ここで待ってりゃ妖怪バスターが悪さを仕掛けに来るってな」
「まったく那須子様様っすよ。ここまで来ると偶然じゃないっすねぇ」
 瑠璃は男たちの言葉に眉をひそめた。
(夢の通り? 高原さん?)
 先頭の男が後ろを振り返る。
「さて、こいつどうします、皆さん方? やっぱり定番どおりに痛め付けときましょうか?」
「二、三日飯食えなくなるくらいなら、オッケーじゃねぇ?」
 瑠璃は咄嗟に口の中で真言を唱える。
「オン・マカキャラヤ・ソワカ」
「あん!?」
「彼の方々の心に芽生えた邪念、はらい清めます。はい」
 柏手を一つ。周囲から見ればたったそれだけのことだが、色めき立っていた男たちの顔が、狐に摘まれたように腑抜けたものに変化する。
 瑠璃は足元の潰れた段ボール箱を拾い上げると、恐る恐る、男たちに尋ねる。
「あの、御免なさい。それじゃあ、これは持って帰ります。もうここには来ませんから」
 先頭の男が我に返る。
「あ、ああ。分かればいいんだよ、分かれば」
「それじゃ、失礼します」
 瑠璃は男たちの合間を擦り抜けて、足早にその場を後にした。十分男たちの姿が見えなくなったところで、ため息をつく。
「あ、危なかった」
 瑠璃は一か八か、男たちに簡単な浄術を仕掛けた。妖怪とは人の心の歪みが生み出したものであるとするならば、怒りや憎悪、サディズムといった負の感情もまた、「疳の虫」などに代表される弱い妖怪の一種と考えることができる。瑠璃が清めたのはまさにそれだ。もっともこの程度の術では、より根深い憎悪に基づく負の感情を祓い去ることはできない。例えば、吹雪のような。
 瑠璃は気を取り直して歩きだすと、彼らがどうやって瑠璃の行動を嗅ぎ付けるに至ったのか、考える。
 彼らは夢の通りだの那須子様様だのと、妙なことを口走っていた。口ぶりからして彼らは知り合いですら無い様だった。
 と、なると。考えられることは一つ。
「やっぱり、高原さんかな」
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