2005年07月22日

師走(17)

 二つの人影が、汝鳥の中心に向けて歩いている。
「ふみいいいい」
 おかっぱの少女が両腕に大きな紙袋を抱えて、悲鳴を上げる。
 一方大介は、少女の倍近い荷物を抱え、滝のような汗を流しながらも、黙々とそれを運んでいる。
「とっとと歩け。イライラする」
「な、なんでわ、うちが荷物持ちを手伝わなきゃいけんのでしょうか」
「他に人手がいねぇからだ。ゲー公は戻ってこんし」
 大介が少女を睨む。
「で、お前一帯何しに来やがった」
「こ、この前の、お礼を言おうと思いまして」
「たかが焼き蕎麦一杯でかよ。イライラする」
 大介は苛立ち紛れに少女を睨み回す。容姿と言い少々天然の入っているリアクションと言い、本当に恋花とよく似ている。唯一違うのはどう頑張っても稲荷の耳も尻尾も見当たらないことだ。あとは口調が微妙に違うくらいか。
「礼がしてぇんなら、それこそ黙って手伝いやがれ。でもってそれが済んだらさっさと帰れ。これ以上付きまとうな」
「あ、あう」
「ただでなくてもうざってぇ蝿が着いて来てるんだからよ」
 少女の表情が石化する。
「ほえ?」
「後ろは見るな。ほれ、あそこだ」
 大介は一件の、少々年期が入った店舗らしき建物を顎で指し示した。二人は店の引き戸を開けると、持って来た荷物を中に運び込み、戸を閉める。
 さて、それからしばらくして。数人の学生が店の前にやって来て、引き戸を軽くノックする。
 威勢よく扉が開いた中から、禿頭の老人が姿を現した。
「なんだぁ、おめぇら。客か?」
「い、いえ、そうじゃないんですけど」
「だったら、とっとと帰ぇれ」
 老人が扉を閉め掛ける。学生たちは慌ててそれを止める。
「いやあの、待ってください。今さっき、二人組の客がここに来ませんでしたか」
「おうよ、うちの上客だ。それがどうした」
「実はその二人組はうちの学校の生徒なんですけど。彼らは学校で禁止されている妖怪バスターをやってるかもしれない連中でして」
 老人は全てを聞かずに即答する。
「知るか。帰ぇれ」
「ちょっと、聞いてください。中で一体何をやって」
「いいから帰ぇれっつってんだよ、このスットコドッコイ!」
 老人の禿げ頭に二本、三本と青筋が寄る。
「人様の客を調べ回そうたぁどういう魂胆だ、ああ!? てめぇら何か、うちの店が良からぬことでも企んでるような言い草だな?」
「い、いや、決してそんなつもりで言ったんじゃ。ただ私たちは問題のある生徒をですね」
 学生の肩の辺りを、風が通り抜けた。
「?」
 ふと、頬が濡れたような感触。何の気無しに手で触れて見る。
 指が真っ赤に染まっていた。
「!」
 頬が三センチほど水平に、痛みを感じないほどすっぱりと切れていた。
 学生たちが絶句して、背後を見る。背にしたコンクリートのブロック塀に、柳刃包丁が一本、水平に突き立っている。
「おおっと、手が滑っちまったか。まったく、耄碌すると手先が狂っちまっていけねぇや」
 改めて正面を見て総毛立つ。老人が包丁を片手に学生たちを睨みつけている。
「で? まだ何か用か? あんまりしみったれた用事だと、もう一、二回手が滑るかもしんねぇぞ」
 学生たちは一瞬顔を見合わせると、一斉に回れ右する。
「し、失礼しました」
 老人は学生たちを見送った後、塀に刺さった包丁を引っ張り抜いた。
「けっ。一昨日きやがれ!」
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