2005年07月22日

師走(18)

 播磨源蔵が、店の奥にある居間に戻ってくる。
 那須子の洗脳映像は、確かに源蔵にも見えていた筈だが、この八十の齢を越えてなお矍鑠とした老人にさして動じた様子もない。汝鳥市内で相次ぐ妖怪バスターの離脱も、彼から言わせれば「腑抜けた連中が居なくなってすっきりすらぁ」の一言で片付けられてしまう。長年に渡り妖怪バスターの、そして人間の醜い側面を嫌というほど拝んできた彼にとって、那須子の術に屈するということは意志薄弱以外の何物にも映らないのであろう。
 そんなわけで、最近の播磨金物店は妖怪バスターたちの駆け込み寺的な様相を呈している。源蔵もまたその状況を、文句など並べながらも躊躇なく受け入れている。
 壁に寄りかかって、少女に扇がれていた大介が、顔を上げる。
「おい、爺ぃ。一体誰が来やがった」
「何でもねぇよ。ったく、おめぇと言いさっきのと言い、よく邪魔の入る一日だぁな、まったくよぅ」
「あたしゃ構やしないよ。どうせどいつもこいつも爺さんのところを頼りにくるのは分かりきってたしね」
 さてそう言って顔を上げたのは朱陽である。正座した彼女の正面には、汝鳥神社の神木から切り出してきたという、くだんの大枝が横たわっている。
「しかし、だ。こいつをどうにかしてもらうために播磨の爺さんの店に来てみれば、もとの持ち主までここに居るとは思わなかったね」
 朱陽が視線を部屋の隅にやる。座して静かに湯呑みを傾けていたのは、相馬小次郎。朱陽に神木の枝を託した張本人である。
「もっと早々に立ち去るつもりだったのですが、ここにいろと押し切られました。
 色々と行き違いがあったのは謝ります。でもあともう一つ、謝らねばならないことがある。大事なことを言い忘れていました。白河塗りを施されたものは、頭に当たれば死ぬと言われているほど、頑丈になるということ」
 源蔵が、歌うように言葉を紡いだ。
「『世の中に、固い物なら多々あれど、頑固親父の石頭と、白河さんの白塗りに、固さで勝る物はなし』ってな。だが今じゃただの語り草の京汝鳥の白河塗り、お目にかかれるたぁおもわなんだぜ」
 朱陽が源蔵に尋ねる。
「何とかなりそうなのかい?」
「全然駄目ってこたぁない。白河塗りの工法さえ知ってりゃな。
 聞いて驚け。白河塗りの原料は『大豆』だ」
「はぁ、何だって!?」
 源蔵は大枝を拳で軽く叩いた。金属のような澄んだ音が部屋中に響く。
「嘘じゃねぇ。細かく砕いた大豆を、秘伝と言われた方法で流し固めることによって、岩よりも固くすることができるって寸法よ。そして大豆だけに、植物とは相性がいい。
 まあ、それさえ知ってりゃ木刀の一本や二本、簡単に切り出せる。大船に乗ったつもりでいな。だが、少々銭は張るぜ」
「そいつはかまやしない。決戦兵器になるんだ、けちなことは言わないよ」
 ふと、店の表に人の気配が現れる。やって来たのは智巳と瑠璃の二人である。
「資料、持って来ました。残りは今、柚木先輩が取りまとめています」
 大介が柱に寄りかかったまま支持を出す。
「鷲塚、もうひとっ走り行って、残った資料をここまで運んで来い。おい爺ぃ、しばらく置き場所借りるが、構わねぇな?」
 源蔵が大枝に手を触れながらそれに答える。
「好きにしろい。だが、俺の寝る場所まで埋めるんじゃねぇぞ」
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